商売

昨日は地元の小さなスーパーで買い物をした。バターやチーズの乳製品、シリアルなどは随分と高い、それに比べて肉類は値上がりしたと言っても昨日の買い物レシートを見ると、鶏肉って安い、と思う値段だった。そしてここでも10件につき9件は棚表示価格と清算時の価格が違うものがあるという話が現実味を帯びてきた。ここでもセール品という値札がついた山から持ってきたシリアルが2ドルくらい高く会計されていた。昨日は5−6点しか買わなかったし、セール品とあったので買う予定ではなかったシリアルをカゴに入れた。自動車に戻ってから気になって見ると「おやおや」という事だった。店側が間違えてるのを知らないだけなら言いに行くのが親切なのかもしれないけど、面倒だし、言えば返金はするかもしれないけど煙たがられるだけだけだろうと思う。全く気が付かない人も大勢いるかもしれないけど、気にするならレジを通す時に現行犯で捕まえて正すべし・・・で、もう自動車まで戻ってしまってからわざわざ行くのは面倒な上に自分が嫌な思いをするかもしれないと考えると行く気が失せる。現行犯で見つける注意力がないから、これからも騙され続けるかもしれない。信頼のおけるお店を見つけるというのは本当に難しい。

私もスーパーレジをやったことがあるから、その忙しさとセールに伴い値札を付け替える作業など、煩雑な作業や品出しの苦労は多少わかる。当時は考えなかったけど、レジで正しくセール品が反映されているかの作業をする人も居たわけで、稀ではあったけどセールで表示されないことがあれば直ちに報告をあげるなど、細々とマニュアル化された仕事ぶりだった。こちらではレジにどんなに長い列ができていても笑っておしゃべりする余裕を忘れないし、最初は何度かセール品が値引きされてないと言いに行くと、何の確認もなしに返金してよこす人もいたし、話しても間違いの元を正すという作業は行われないのだな、と思うことが度々だった。つまり気がついた人からクレームがあれば返金、そうでない人からはセールという表示と異なった値段で堂々と会計を続ける。店内の商品管理は私が思うよりもずっと大雑把なのだと想像してしまう。なんというか、考え方の根本が違うような気がするのはこんな時。

だからこういうところで仕事をすると、私ってきっと大変な問題児になりそうな気がする。でも入れば慣れるんだろうか。もちろんアメリカ人だってこういう事を「良いこと」と思っていないだろうと思う。というのは、アメリカ人夫の反応から。ただ、英語には「しょうがない」という言葉がないと聞いたけど、私の感じる感覚では「しょうがない」と諦めている、そんな所に無駄なエネルギーは使わない、騙されないためには自分が注意をする、そうでなければ諦める、と言うような印象を強く受ける。そしていろんな場面で、こうして慣らされて半世紀経つとこういう境地になるのかな、と考えるこの頃。もちろん、そのいい加減さは悪いことばかりではないかもしれないけど。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です