3月になった

日本はお雛様の季節だ。私の実家にも段飾りのお雛様があったけれどもうどうなっている事か。「これはお前のだ」と言われたガラスケースのお人形があった事は覚えているけれど、どんな人形だったかは覚えてないし最後に見たのはいつだったか。なんというか、いろんな事をおざなりにして来ている。家でそういう行事をしなくなったのは祖父が亡くなって以来だったと思うから、かれこれ・・・47年も経つのか。数日前の記憶だって怪しいのだから、そんな古いことは覚えていなくて当たり前だな。でも時々、子供の頃に見た田畑の様子や空気を思い出したりする事はあるので、記憶というのは変なものだと思う。もちろんその記憶がどのくらい正しいかはまた別だけど。

昨日思いがけない誕生日プレゼントが届いた。ぎっしりとレトルト食品が入って重かった。なんと、船便で12月半ばから2ヶ月半くらい旅してやってきたらしい。賞味期限の長いレトルトさまさま。よく見れば肉も入っているのがあったから・・・見つかれば没収品?でも届いた。もうこちらに来てから10年以上だし、届いたのは昨日でも発送したのが12月って、そんなに早くから気にして頂いのかと、本当にありがたい事です。久々に見たダヤングッズにもまだお店があるんだなと嬉しくなった。目まぐるしく変わっていく中で、自分の知っているものが今もそこにあるってなんだか嬉しい。

ここ数年、あまり連絡が取れなくなって心配していた友達とも連絡が取れるようになりちょっと安心した。親の介護のことが少し書かれていた。親が生きていてくれるってイイなと思うけど、介護はもちろん、介護が必要になる姿を見る事も大変な事だなと思う。うちの親は二人とも早くに亡くなってしまったけれど、それでもたまに会うときに親が年取ったなと感じると寂しかった事を思い出した。でもそんな感傷に浸れるのも介護って心配がもうないからかな。ここにも彼の父親が90で最近ちょっと頭が怪しいと彼は言うけれど、こちらはまだしばらく引っ越しの心配はしなくて大丈夫そうだとみている。頭はわからないけど、体は元気そう。去年は心臓ペースメーカーを入れる騒ぎやらありでちょっと心配したけど、その後の回復の様子を見ると寿命の長い人生をもらってきているんだなと改めて思った。自分の年齢を考えると、ここまできたら後15年、彼の父親の年齢まで生きてもらいたい。引っ越すの大変だし、家の値段が上がりすぎ。

次に日本へ行く時は、こちらで終の住処が決まってからかな。考えれば考えるほど、いろんなことに対して準備が遅く、まず生活基盤がない事を思い知る。これからどのくらい時間があるかはわからないけれど、まずは基盤作りをしないといけないと改めて思うこの頃。そう思うとする事がいっぱいで、でもエネルギーはあまりなく、楽したい気持ちもいっぱいで、なかなか先に進まない。毎日目の前の事が過ぎていけばラッキーと言うのが現実だ。じゃ、日本へ行けないじゃん!と思う反面、いつでも行けると言う気持ちもあるにはある。だから切実でないのかも。今年は永住権ビザの書き換えだから、まずはそれを済まさねばなのだ。その前に税金申告だ。という、3月になった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です