解雇された様な感じ?

元々依頼されていないのだから解雇というのとも違う、選ばれなかった、という事だ。2度ほどリタイアメントハウスで演奏をしたトロンボーンの人は6月の演奏会では別な伴奏者を頼んだそうだ。1月に私がだいぶ酷かったのでその時に「彼は別な人とやった方がいい」と夫には話した。が、夫曰くは「私に場を与える為に話して回っている」というので、なんとも・・・気持ちはありがたい、でも。。。である。

ゆっくり準備してその先に一区切りできるようにどこかで演奏させてもらえるのは理想だけど、期日ありきで何をやるのかを早急に準備してやれるほどの力量がまずない。とにかく時間がかかる。

6月はトロンボーンの男性の住んでいる、仕事をしている大学のある街なので、遠い街のリタイアメントハウスとはきっと意気込みというか、やりたい事も違うんではないかと想像していたので、なんでも弾けるわけでないから内容によっては本当にお断りする様だと思っていた。なので12月にチラッとその話が出た時も積極的に「やろう」とは言えなかった。でも夫は6月の話だって私の為に話を始めたのに、というけど私は心底ホッとした。それにオファーがあったのはトロンボーンの男性にである。ただ残念と思う気持ちもある。残念と思うのはもう一緒にできる機会はないだろうなと思うこと。シューマンを始めた頃はその男性がこのエリアに引っ越してきて間も無く、まだこちらにいろんな伝手がなかったので自動車で1時間以上もかかるコミュニティバンドにも参加していて、シューマン歌曲はそのついでで始めたものだった。今は大学での仕事などから人脈も広がっただろうし、もうコミュニティバンドにもきていない。つまり私に付き合う時間はないと思う。

「できる人」とやるのは「やれれば楽しい」けど、ストレスも半端でない。頑張っても追いつけないストレスである。

今回久々に伴奏をして練習はたくさんやったけれど、その時にどうしても肝心の旋律が聞こえてこなかった。イメージしようとしても頭の中に出てこない。学生の時は一人練習の時にも普通に頭の中に聞こえていた歌が今は全然聞こえないのは歳のせいか?とも思ったり、もしかしたらそれもあるかもしれないけど、合わせる回数が少ない事も理由な気がする。レッスンが週1、その前にもちょっと練習したりで週に2−3回は歌と合わせ、レッスンも見てどんなふうに音楽を作るという過程も見る。数をこなしているプロの伴奏者は既に音楽が頭に入っているのだろうから学生の練習みたいにたくさん合わせなくても意思疎通ができるのかな。とにかく、今だって1月に演奏した曲を弾いても相変わらずそこに居ないトロンボーンの旋律は聞こえない。

でも久しぶりに良い練習をしたと思う。一人だったら詩人の恋全曲さらうことはなかったと思うし。だって音を並べるのが大変だった。もうちょっと弾けたら良かったのだけれど。

今月末にはシューベルトの冬の旅を聴きに行くので楽譜をさらってみたり、一旦は挫けたメンデルスゾーンの変奏曲をぼちぼちと見直している。テーマも難しいし、変奏1でもう指が攣りそうな曲である。そしてリタイアメントハウスの居住者さん作曲のチェロとピアノの曲をさらう。何冊かのきちんと印刷された楽譜になっていて、ピアノ曲はもう自分で弾けなくなったから弾いて欲しいと言われているものがある。技術的には「可」な曲だけど音がなかなか頭に定着しない。チェロとの曲は近所にチェロを習っている人がいるのでその人に訊いてみようと思っている。譜面だけで頭の中にチェロ音をイメージするのは無理。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です