彼のトロンボーン仲間のひとりで私たちよりはちょっと年上のご夫婦。それぞれに再婚で、だからそれぞれに子供もいるらしいけど、もう育ち上がっているので夫婦で悠々自適暮らしを楽しんでいるように見える。去年は家のリフォームを旦那さんがやり、冬前に玄関ポーチもという奥さんの強い要求に涙ながらに応えていたそうな、優しい旦那さん。もちろんこうやって家がグレードアップするということは資産が増えるのと同じだから良いことなわけだけど、どうやら奥さんが旗を振っているらしいのと、旦那さんはその旗振り通りに動くのが辛い時もあるようで、会話の端々にそれが滲み出てるんだそうだ。

彼らは来週から２週間ヨーロッパ旅行だそうで、そう聞けば羨ましいなぁと思うし、楽しみなんじゃないかと思う。が、どうやら旦那さんは「僕は行きたくないんだよ、２週間もトロンボーンが吹けないとまた吹けなくなってしまう」と不安がっているらしい。旦那さん、脳梗塞か何かで顔の左右どちらか半分が麻痺をして、おそらくその後トロンボーンが吹けるようになるのにはとても努力がいったのだと思う。1日だって休みたくないというところなのと、ヨーロッパ旅行は100%奥さんの選んだ、奥さんの希望の旅行らしい。「お口にチャック」で黙っているのだそうだ。チャックなど必要もないくらいに寡黙なイメージはあるけど、彼と二人でなら話をするらしい。

私が会う時はだいたい奥さんと一緒で、確かにこう言った時には誰も喋れない。私が喋らないのは普通だけど、うちの話好きな彼でさえもそのチャンスがあまりない。彼がたまに彼らの家に立ち寄ると家に帰ってきて真っ先に言うのが「僕は彼に会いに行ったんだよ、なのに肝心の彼とは全然話ができないんだから、もー」と言う感じ。まぁ、少々出たり引っ込んだりしながらも、そうやって夫婦は成り立っているんだなぁと眺める。

お口にチャックで来週はヨーロッパへ出かけるんだな、でもせっかくだから楽しんで来られると良いけど。